「バカとハサミは使いよう」
この古くからのことわざ、耳にしたことがある方も多いと思います。ハサミは切れが悪くても、使い手が研ぎ方を工夫したり、角度を変えたりすることで、ちゃんと役目を果たすようになります。ここで言う「バカ」は愚かという意味ではなく、「まだ能力が伸びている途中の人」くらいの感覚で捉えてください。
つまりこのことわざが本来言いたいのは、「道具も人も、使い手の技倆と工夫が大切だ」ということです。
「使えない」と言う前に
しかし現実はどうでしょう。
職場や組織を見渡すと、自分の技倆不足を棚に上げて「あいつは使えない」と言い放つリーダーや上司が、残念ながら少なくありません。ハサミが切れないとき、それはハサミのせいではなく、研いでいない使い手の問題かもしれないのに。
人を育てる努力をせず、能力に見合った仕事を与えず、ただ結果だけを求めて「使えない」と切り捨てる。これは、人をモノとして扱っていることに他なりません。
心理学者のダグラス・マクレガーはかつてこう言いました。人には本来、自ら成長しようとする力と意欲があると。それを引き出せるかどうかは、環境とリーダーシップにかかっている、と。「使えない部下」の多くは、使えないのではなく、使い方を知らないリーダーに出会っているだけなのかもしれません。
私達は「者」であって「物」ではない
ここで、大切なことをはっきり言わせてください。
私達は者であって、物ではありません。
物には意思がありません。感情もありません。ただそこに置かれ、使われ、消耗していく。しかし人間は違います。喜び、傷つき、悩み、成長し、誰かを思いやる。その豊かさこそが人間の本質です。
哲学者マルティン・ブーバーは、人間の関わり方を二つに分けました。相手を「汝(あなた)」として向き合うか、「それ(モノ)」として扱うか。「モノ」として扱われる関係には、本物の繋がりは生まれない、と彼は言います。職場でも家庭でも、これは変わりません。
もしあなたをモノ扱いする人がいたら
もし今、あなたの周りにあなたをモノとして扱うリーダーや上司がいるなら、どうかはっきり覚えておいてください。
さっさと離れることをお勧めします。
理由はシンプルです。物は使い手次第。腕の悪い職人が良い刃物を持っても、良いものは作れません。それと同じで、人をモノとして扱うしかできないリーダーの下では、あなたがどれだけ優秀でも、その力は削られていくばかりです。そしてじわじわと、あなた自身のストレスが積み上がり、自信まで削られていきます。
これは逃げではありません。自分を守るための、賢い判断です。
「者」として向き合ってくれる人のそばへ
その代わりに、あなたを「者」として向き合ってくれる人のそばにいてください。
そういうリーダーや上司は、あなたの成長を心から願っています。あなたが今どこにいて、何が得意で、何に躓いているかを見ようとします。能力に見合った役割を渡してくれて、足りないところは一緒に補おうとしてくれます。
立場や経験の差があっても、それは「上下」ではなく「役割の違い」です。本質的には、人間関係は持ちつ持たれつ。リードする側もリードされる側も、互いに学び、互いに成長していく。そういう関係の中にいるとき、不思議とストレスは消え、活動に自然と勢いがついてきます。
いないなら、あなたが作ればいい
「そんな人が周りにいない」と感じる方もいるかもしれません。
でも、だからこそ言いたいのです。
あなたが、その人になればいい。
あなたが先に「者」として人と向き合い始めたとき、同じように向き合ってくれる人が引き寄せられてきます。自分が変わることで、周りが変わる。これは理想論ではなく、人間関係の実際の動き方です。そしてその過程こそが、あなた自身の最も深い成長の場になります。
おわりに
想像してみてください。
あなたとあなたの仲間が、互いを「者」として尊重し合いながら、常に成長してイキイキと活動している場面を。誰かのミスをモノを壊したように扱うのではなく、一緒に学ぶ機会として受け取れる関係を。
素敵だと思いませんか。その世界は、遠いどこかにあるのではありません。一人ひとりの小さな選択の積み重ねの先に、確かにあります。
イマカラ・ココカラ・ジブンカラ
ではでは、Enjoy your life.
